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独断とへりくつblog

人を傷つけずにはいられない、自己中・自己愛性人格への対処

本質追求する観察眼と新しい事を知る事が喜びのADHDと、膨大な知識量のASD

二十数年前、息子の発達の遅れから、かろうじてADHDの本を見つけ、中枢性言語障害をネット検索し、アメリカのLDサイトで知る。日本で、ADHDを診断できる医師は少なかった時代に、早期発見療育をしてきた。

当時、色んな相談機関に行く度に、「自分の子は、ADHDという障害があると言いに来る母親」「本来母親は、自分の子に障害レッテルを貼りたがらないのに、なぜADHDというラベリングをしたがるのか?」と、ADHDに無知でバイステックの7原則と全く反対な言動をする相談担当者達は、母親の私を審判的態度で、否定的な審判を下してきた、

ADHDは、遺伝性が強いと言うことらしいが、私自身は、ADHDの素質があるとあまり思っておらず、息子は私の父の隔世遺伝かもと思ってたが、私もしっかりその素質持っていたと最近思う

息子の発達遅れについて、母として多少落ち込みはあったが、それよりも「なぜ・なぜ・なぜ」の繰り返し。なぜそうなのか?の理解をするために、色々と調べたりした。

走るのは早いのに、ボールを使った運動は苦手、多動が強いのはなぜ?から感覚統合を知ったり、なぜを理解するのに、理屈や根拠的なものが無いと、納得出来なかった。
今では、感覚統合もネット検索すれば、すぐに出て来るけど、当時はネットでも情報はなかなか拾えず、専門書をよく購入していた。

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一般的に人と対面した時、印象良い表情や声色を使っているかで、好ましいか好ましくないか判断すると思うが、ADHDは、印象良い表情や声色という表面ではなく、相手が何を語ってるか、その言葉の内容や言動の矛盾が無いかを重要視している気がする。

相手が、印象良い表情や声色をしても、矛盾ある言動をしたら、好ましくないと判断するのが、ADHDだと思う

言動に矛盾無いかを重要視するADHD達は、人からどう思われるかという、服選びを基準におかない。表面的な事はどうでもよく、自分の感性を満足させてくれる服を好む。

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ADHDは、一般的な多数派の視点と違うから、一般的な視点から見ると、ADHD達は、人への接し方も良く思われようとする取り繕う言動をしない事もあるので、変わっている人に見えるかもしれない。

本質を追求したいADHDは、「世の中はなぜ、本質・内容ではなく、表面的・体面的な事を大事にしたがる人が多いのか?」と思う

裸の王様に「裸だ」と言えるのがADHD

ADHDは、本質を追求し何か新しい事を見つけた時が嬉しく、本質や新しい事を見つけるために、常に観察する眼で見ている気がする。

本質は、事実と根拠とある種の公平性がある。表面的・体面的な事は、常に何かしらの本質・事実を隠し、その隠蔽さが偏った思考を生み出している気がする。

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人の欠点を見つけて人を落とす事で、自分のレベルを必死に保ち、自分が上で居る事で、悦になったり満足する人達を、ADHDからしてみると下らないし、そんな事でしか自分を満足させられないつまらない人達なんだと思う。


そう思うと世の中は、本質を追求し新しい事を発見する事に喜びを覚える優秀なADHD気質に、膨大なデータ知識量を持ったASD気質の両方を兼ね備えた優秀な人によって、進化してきていると思わざるおえない。